6月 2011
171 名前:名無しさん@恐縮です[] 投稿日:2009/05/13(水) 22:05:54 ID:yGkKVEjE0
俺のバイクが盗まれたんだ。
傷だらけだったけど、まあ、ほぼ無事ってやつだ。
犯人は工房だった。もう、みたまんま不良という感じね。近所でもちょいちょい見かけていた奴でね。
盗んだバイクで走り出して、スピード違反で捕まったらしい。
バイク自体は警察から帰ってきたんだけど、工房本人はふた月ほどしてからオカンと同伴で謝罪に来た。
といっても本人はほとんど顔を背けていたばっかだったけど、許したんだよ。
修理代も弁償するって、とりあえず4万円持ってきた。
よれよれの諭吉三枚とあとは五千円と千円の、一応札束wwww
後日、予定を明けてあらためて一人で来い、って言って、その日はそれでおしまい。
翌々日、ちゃんと一人で来て、ぼそぼそと謝る工房に洗車を手伝わせて、ワックスが乾くのを待ってる間に家に上げたんだ。
それで、新品のヘルメットとプロテクタを渡した。工房のオカンの金で買ったやつね。
ワックス拭き取ってから工房を後ろに乗っけて峠行って、海へ行って、とにかく走り回った。
それから半年もたたないうちに、工房は二輪免許を取得することができて、報告にきたんだよ。
教習所での装備もプレゼントした一式を使ってたらしい。
あんまり嬉しそうにしてたから、「じゃあ、ときどきバイク貸してやんよwww」って言ったら、ぽろぽろ泣き出してさ。
俺のバイクを盗んだことを、ちゃんと真正面から謝ったんだ。
ヤンキーっぽさは抜けきってなかったけど、洗車も手伝うし、バイク借りて返すときもちゃんとガソリン満タンにしてるし、なにより丁寧に乗ってる様子はわかった。
それからバイトで貯めた金で自分のバイクを買って、ときどきオカンを後ろに乗せて走る姿を見ることができた。
オカン、顔がこわばってたけど。
バイクは、アクセル回すだけで人間の力を簡単に超えることができるし、自分をどこか別の場所へ連れて行ってくれる気がする。
その高揚感は犯罪の領域に簡単に入ることができるわけだけど、少なくともこの工房にとっては、それほど悪くない場所へ連れてってくれたんだと思う。
俺のバイクGJ!!!
で、しばらく連絡なかったんだけど、その工房から今度結婚するからきておくれって手紙が来たんだ。
なんか嬉しくなったからここに書き留めておく。
” —バイクが盗まれた 続・妄想的日常 (via werewolf) (via teotr) (via ak47)2009-12-20 (via gkojay) (via gkojax) (via wrigley) (via iyoupapa) (via highlandvalley) (via hijiking)
2009-09-03 (via gkojay) (via hm7) (via 8823dsn) (via nezzz) (via umi82mizuiro) (via spoon-chap) (via isaribi) (via puruhime) (via shimanashi) (via kyohei28) (via shinoddddd)
日本には「公(おおやけ)」の思想がありません。「公」というのは何か、「公共」とは何でしょうか?
「公園」というのは、ドイツの文学者ゲーテがつくりました。ゲーテは、封建領主や貴族が独占している美しい庭園を、「すべての社会の構成員に開放せよ」と主張して、「公園」をつくらせたのです。
そのゲーテの思想に共鳴した世界の諸国民が、すべての学術を社会の構成員に開放しようとして、「博物館」をつくる。すべての社会の構成員に美術を開放しようとして「美術館」をつくっていく。ソーシャル・インクルージョン=「誰もが排除されないで参加することができる」、これが「公」といわれるものです。
日本人はこれを完全に忘れていますから、「民営化しろ」と言われて、「博物館」もみんな国立大学と同じように「独立行政法人」として真っ先に民営化されたんです。
イギリスでも絶対そんなことはしません。イギリスに行く機会があったら大英博物館に行ってみてください。入館料など取られないタダですよ。「すべての社会の構成員が排除されないで開放されるもの」、それが「公」っていうことです。
” —子どもの命より自動車を優先する国は日本以外にない - 「官から民へ」で国民は排除される|すくらむ (via mcsgsym, otsune)2009-04-03 (via gkojay) (via hetaremozu) (via pcatan) (via akaganesaru) (via carbondoubt) (via ittm) (via tessar) (via ryujisnote) (via tomine) (via shinoddddd)
717+1 :日出づる処の名無し :2011/06/26(日) 19:59:06.55 ID:zjChFvlq
戦争は武力を用いた外交。
戦争の反対は平和ではなく、交渉話し合いですな。
武力衝突は国家間の利害問題が深刻化した状況。
竹島や尖閣や北方領土問題がある以上、
我が国はすでに軽度の紛争状態に置かれてますわ。
これが深刻化すると戦争になります。
平和とは紛争が武力行使に至っていないと言う状態なだけですわ。
730+1 :日出づる処の名無し :2011/06/26(日) 20:09:10.19 ID:pT4rUaTa
»717
WW2前夜のオランダは「ドイツは攻めてこない」っていう根拠のない楽観に支配されてた。
だから局外中立を宣言するなんて失策をやった。
その結果5年間ドイツに占領される羽目になった。
外交が一時的にせよ亡国を招いたひとつの例だよな。
あのときの脅威はフランスよりもドイツなのははっきりしてたんだから、フランス側国境に国軍を配備しつつ、ドイツ軍の通過を認めるって言ってしまえば、ドイツが欲していたのは通行権だけだったから、占領は回避できた。
そうなれば、国内のユダヤ人たちだって収容所で死ななくて済んだかもしれん。
楽観で外交するあたり、日本も伝統的にその気があるから、他山の石にしてほうがいいと思うんだ。
738 :日出づる処の名無し :2011/06/26(日) 20:15:47.32 ID:hFVZ9SJ3
»730
完全武装で攻撃石アリアリの独軍の無害通行認めた時点で、オランダのフランスへの敵対行動と見做されてもおかしくないがな
十数年前の夏、原因不明の皮膚病で突然顔面がブツブツだらけになった。
痒いので掻き毟って血膿まみれになったので、包帯でグルグル巻きにして暮らしていた。
ある日の夕方遅く、飼い犬が逃げたので暑い中歩き回って探していたら、
近所の空き家の中で音がした。
てっきり犬だと思ってたので声もかけずに入ったら、いたのは犬じゃなく人間だった。
相手と目が合って「ヤベッ」と思っていたら、
相手は一瞬の間をおいて「ぎゃあああああ!」と叫んで
ものすごい勢いで駆け出し、
廊下に投げ出してあった家具につまづいて激しくすっ転びつつ逃げていった。
何がなんだかわからず周りをみたら、
半裸の女の子が真っ青になってしゃがみこみ、こちらを見上げていた。
顔にあざがあったしただならぬ様子なので、
これはイカンと慌てて近所のオバチャンを呼んで助けてもらった。
いわゆるデートレイプというやつで、
初デートの途中で相手が豹変して殴りつけられ、空き家に連れ込まれ
間一髪のところで俺が登場したということだった。
あとから知ったことだが逃げた男は格闘技をやっていてガタイもでかく、
とても俺がかなう相手ではなかった。
そんな奴が逃げ出した理由は、
うす暗がりの中で血膿を垂らしたミイラ男(さんざん歩き回った後なので包帯がズレ、血だらけの肉が半分見えていた)がノッソリ現れたので、
てっきり本物のモンスターが出たと思ったらしい。
女の子も助けに来てくれたオバチャンも本気で怖がっていたしorz
病気はそれからすぐにケロっとなおり、今は跡すら残っていない。
今考えると、あの女の子を助けるために病気になったのかもしれない。
でもフラグはたたなかった。” —No.25789 ミイラ男 - コピペ運動会 (via hisaruki)
380 名前:自作自演男 ◆kC0elLNz.w 投稿日:2007/12/08(土)
人は何かを批評するとき、
作品そのものよりも、作者が誰なのかを気にする。
作品の素晴らしさよりも、それを誰が作ったか、
誰が描いたかが大事なんだ。そしてそれがダリやピカソだったら、
大して作品を見てもいないうちから『なるほど、これは中々』
なんて言って、無条件に褒めるんだ。ぼくは、本当にうんざりする。
(岡本太郎)
” —2007-12-11 - 夏の葬列 (via petapeta) (via petapeta) (via tra249) (via lunarlunatic) (via dannnao)彼らに出来る事はそれくらいの事です!
私達、団塊世代は、彼らの少ない給与から多額の社会保障費を吸い取りまくり、そのお金で登山三昧!
なんて素晴らしい世の中でしょう!
若い世代が、少ない給与から捻出した登山費用とやっととれた休みで山へ来て見たら、私ら団塊世代がやり放題!
若い世代の諸君、いつまでも私達のやり放題登山のバックアップお願いします!” —若者から搾取した年金での登山は最高に楽しい (via petapeta, abuf) (via petapeta) (via yu5yam)
もし、ぼくの身に何か起こったら、
君がぼくの人生のすべてだったということを
覚えていてほしい
リック・レスコーラ
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2001年9月11日 同時多発テロで被害にあわれた人の言葉。ワールドトレードセンターにいたモルガンスタンレー従業員2700人ものに避難命令を出し、人々を励ます姿が目撃されている。テレビをみていた妻からの電話に対して「どうか泣かないで欲しい ぼくは仲間を助けなければならない もし、ぼくの身に何か起こったら、君がぼくの人生のすべてだったということを覚えていてほしい」といい電話が切れた。
” —名言集422 リック・レスコーラ (via petapeta) (via petapeta) (via yu5yam)なぜTumblrがこんなに好きなのだろうか考えてみた。
それは著作権のしがらみから逃れることができるからだと思う。
インターネット上には素敵なものが溢れている。
今まではその素敵なものたちが孤立して存在していて、絶海の孤島に咲く一輪の花といった感じだった。
いいサイトというものは見つけた時の感動はもの凄いけれども、知る人しか知れない貴重過ぎる存在だった。
del.icio.usやはてなブックマークの登場により、みんなのお気に入りを共有できるようになって世界は一変した。
それまでも身近な友達経由などでお気に入りを教え合うことはできたけれども、不特定多数の人々と感動を共有できる感動は素晴しかった。
元からあった筈の、なくてはならない緩い繋りがやっと視覚化できるようになった感じ。
やっと感覚に現実がついてきたかと思った。
絶海の孤島から、都会の博物館の展示ケースに移されてしまって、群集の喧騒が賑やかで楽しいけれども、自分だけが知っている存在でなくなってちょっとさびしい。
綺麗なんだけどちょっと遠い存在になってしまったような感覚。
そしてTumblr。
言ってみれば画像ソーシャルブックマークのような位置付けで、その華やかさったら衝撃的。
モノクロがカラーになったような、二次元が三次元になったような感じ。
文字やサイトへのリンクは今まで貼られていたけれど、画像の参照をここまでわかりやすく綺麗に仕上げたのは見事としか言いようがない。
だけれども画像や音楽は著作権というしがらみが強い。
それだけ作るのに多大な労力が必要だし、製作者が報われるべきなのだから当たり前だけれども、著作権という仕組みは製作者のみんなに見てもらいたい、評価されたいという純粋な意図を離れて奇形化し肥大化し過ぎた。
もう手におえない。
ついには製作者の利益さえも侵害し始めるという笑えない喜劇の様相を呈してきた。
Tumblrはその泥濘な状態の中、華麗に登場した。
権利者の目から見れば著作権侵害の温床だ。
だけれども好きなものを皆と共有したいという願望がなぜ裁かれなければならないのか?
著作権は製作者側の言い分、これは絶対に守られなければならない権利だ。
それではユーザ側の言い分もそろそろ取り入れてはくれないものだろうか?
お互い歩み寄れるはずだ。
短期的には損をするかもしれないけれども、長期的にはぜったいに両者にとって得になる。
そういう試みの運動が増えてきていると実感しているけれども、まだまだ足りない。
もっと自由に、もっと尊重し合える、もっと楽しい世界にするために、僕にはなにが出来るだろうか
” —http://macfreesoft.usamimi.info/2007/12/%e3%81%9d%e3%82%8c%e3%81%a7%e3%82%82tumblr%e3%81%8c%e5%a5%bd%e3%81%8d/ (via petapeta, star-line-deactivated20100505) (via petapeta) (via yu5yam)