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4月 2012

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“間合いを削る人

「自営」の人たちはみんな愛想がよくて、「どうぞ一つ、よろしくお願いします」なんて、笑顔で頭を下げる。空気は最後まで和やかなのに、話し合いの時間をかけて膝と膝との距離を詰められる気がする。何か脅すだとか、何かの取引を強要されるだとか、そうしたことは全くないのだけれど、何となく間合いが詰められた感覚を覚えて、あとからカルテを見直すと、漠然と「自営」圏の人であった、ということがけっこう多い。

仕事というものを、大ざっぱに「自営」と「非自営」とに分類すると、「非自営」圏の人企業に勤めている人や、公務員の人たちは、同じ「よろしくお願いします」でも、間合いが全く変わらない印象がある。

「自営」圏の人たちにとって、頭を下げるという行為は、どこか「有利な場所を作っておく」という感覚に結びついているのだと思う。頭を下げたり、和やかな会話をすることを、あとから何かの伏線に利用できないか、孫亜子とを考えているように思える。「非自営」圏の人たちは、「頭を下げれば相手も同様にへりくだる」、というルールを仮想しているように見える。同じ「よろしくお願いします」であっても、そこに込められた意味がずいぶん違う。

受けかたは微妙に違う

頭を下げつつ、間合いを削ってくる人には気を遣う。その人の「よろしく」に抵抗することがそもそも難しいし、何かの約束をするときに、「その時間はちょっと忙しいので」だとか、適当なごまかしをやってしまうと、あとからろくでもない結果を招く。「ちょっと忙しい」はずのその時間に、主治医は病棟で手持ちぶさたで、いないはずのその人がなぜか病棟にいて、「先生、今ちょっとだけいいですかね」なんて、にこやかに静かに歩いてこられて、もう何も言い返せなくなったりもする。

間合いの変わらない人との会話というものは、相手が想定したルール、たいていは「漠然と丁寧な態度」を守っている限りは、トラブルにならない。その代わり、「ルール」を決定するのはその人で、そこに交渉の余地がないことが多い。極めて厳しいルールを押しつけようとする人たちが「クレーマー」と呼ばれて、こういう人たちはたぶん、「非自営」圏に所属していることが多い。

”
—下段の間合いを削る人 - レジデント初期研修用資料 (via yellowblog)
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“11: 都くん(茨城県):2011/01/14(金) 09:44:20.41 ID:nfQaTMCV0

私が子供のころ、大正末年から昭和初年にかけては子供に新聞を読むことを禁じる家庭が
まだ沢山あった。新聞はうそを書く、誇張する、好んで醜聞を掲げる、大人はそれがうそ
または誇張だと察することができるが子供はできない。故に大きくなるまでは読ませない、
記事は選んで家長が読んでやるという家があった。これは明治時代からの名残で、昭和
十年代まで子供だった友に聞いたら、自分も読むことを禁じられていたと答えたから、
そのころまでそんな家があったと分かる。
(略)
 戦後新聞が読まれなくなったのは、小学校の先生が読め読めと強いたからである。ことに社説
を読めと読ませ、果ては「天声人語」を写させ感想を書かせたから、それで日本中の子供は
新聞嫌いになったのである。
 読むなと禁じればかくれてでも読む。読めと命じれば読まなくなるのが人間の常で、
なぜ読めと言ったかというと、新聞は常に進歩的で日教組や国労の主張を支持してくれた
からで、毎日それを子供に読ませればいずれ天下がとれると思ったのである。
だから新聞を読ませたければもう一度読むことを禁じるのがいいのだが、いくら禁じても
あの社説では読むものはあるまいと思われる。

山本夏彦「私の岩波物語」文春文庫より
”
—

特定しますたm9(`・ω・´) 【教育の朝日】学校「授業で使うから新聞買え。当然必須」【官報癒着 】 (via shinnya)

2011-01-15

(via gkojax-text)

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“

神経質な人は、無神経な部分を多分に持っている。


細かいことばかり気になる人は、大きなものが見えていない。

自分が嫌われているように思っている人は、実際は嫌われていないことのほうが多い。
そもそも、自分が思うほどあんたのことなど誰も気にとめていない。


むしろ、自分は正しいと思っている人のほうが、嫌われていることが多い。
そして自分は正しいと思っているので、他人や他人のしていることを批判的に語るため、さらに嫌われてしまう。

そしてたいがいは、もう遅い。
修復はなかなか難しいと思ってさしつかえない。
なので、誰かが諭すことも、もうないと思ってもらっていいと思う。


極まれに、なにかのきっかけでUターンする、もしくはできることもある。
その時に、自分の轍を見て、ゾッとするのである。

”
—JOJO広重 BLOG:目は、実は見えてはいないのだということ - livedoor Blog(ブログ) (via wideangle) (via tyzm) (via dannnao) (via konishiroku)
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